泣くこたねえよ、と、青年は言った
それは私が決める、と、女は言った
そうだな、と、青年は言った
そうかどうかも私が決める、と青年は言われた

導きも満ち引きも未知聞きのあの本棚
焦ることないよキリギリス
奥歯を抜いたあとの深い穴が
乾かぬように　どうか乾かぬように　それだけ

思い出せない歌
フィルムを入れずに押したシャッターボタン
どこで拵えた傷か検討もつかないのに
かさぶたは甘く剥がれ落ちるし

レの忌み子としてエクスクラメーションマーク
移動に似たバックスペース
存在しない異体字
それらの全てを思い出せないように

アーティストではない誰かと
アートではない何かを
難解だと笑って
手を繋ぐのをためらいたい

夜は暗くなるんじゃなくてね
青が濃くなってくんだよ、と誰かが言った
夜明け前がいちばん青いとして
処刑前の情けに似ているとして

可愛い人になれず
似ているだけで苦しい
参考にできないキュートを
せめて憎まずにありたい

美しい女は
美しい赤子であったろうか
美しい命は
美しく育まれたものなのか
希死念慮は
愛し愛されても膨らむのか
ネオン街を産道にして
吐瀉物を香油にして
ニコチンとタールを鉄漿にして
ネクタイで絞首刑
焼香はカンナビス
二十億光年なんて途方もない
ブタクサにくっさめくっさめ
分かるかな
だけど俺、そう
本を読むのは好きだったんだぜ
美しい女がディオールの唇で
美しい男の痘痕を光らせていた
俺、映画も好きだった
シネコンも、小さな映画館も
分かるかな
分かる人がいるかな
人がいるかな

ねむっているような
それは練乳オレにも似た
カキワリのホントウ
僕のことを好きな君のことが好きさ

 

 

まだ眠いのと起こされて目を擦る
自分で定めた時計の針を睨んで
仕向けた結果を嘆いて朗々と恋
女にはその甘い一瞬が許されるのだ