lawollaの吐き出すコトノハ集め。Since→2007/04/06
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昼前に家を出たから防寒が不十分だった。虹子(ななこ)はしくったな、と呟く。三月の中旬、日が落ちればまだまだ寒い。
ストールでも巻いておけばよかったなどと今更どうしようもないことを思いつつ鳥居をくぐる。
大きな神社ではないが古くからある建物特有の風格が虹子を圧倒する。毎年夏祭りにきている場所ではあるが、平日の十七時過ぎという不思議な静けさの中に佇む社は虹子のイメージと重ならなかった。
中学生の頃、付き合いはじめたばかりの茶色(せぴあ)とふたりで夜店を巡った。慣れない下駄でひょこひょことしか歩けない虹子を、茶色の柔らかい手が引いた。同級生に会うたび隠れるように離れて、境内の楠で落ち合った。
四年前の話だ。
手水場の脇に自分を呼びだした人影を見つけて、虹子は小走りに近づいた。人影も虹子が目に入ったらしく、ゆっくりと歩いてくる。
比べるものがない中でも絣(かすり)の身長が高いのはよく分かる。キュウ、と右脇腹が痛くなるのを感じながら虹子は手をあげた。笑って絣も応えた。
虹子は思い出す。
好きでした。好きです。俺と付き合って下さい。
絣の告白はシンプルだった。初夏のことだった。虹子の家の前までやってきた絣は日に焼けていた。
絣を恋愛対象として見たことはなかったし、その時はまだ茶色と一緒にいた。高校に入ってから絣を思い出したことすらなかった。中学校で同じクラスではあったが、虹子はどちらかというと絣を避けていた。絣の話すスポーツも遊びも分からなかった。読みさしの本が気になるのに絣のつまらない話は延々と虹子を拘束した。拒絶できない自分に嫌気がさしながらも、愛想笑いで休み時間を過ごしていた。
違う高校に行った中学の同級生の話。高校サッカーや甲子園の話。帰省先の親戚の話。新作のレーシングゲームの話。どれも虹子は鬱陶しくて、しかし屈強な男の体には恐怖すら感じて頷くよりなかった。
ありがとう、ごめんね。
虹子の返答もシンプルだった。感謝していないのにお礼を言う自分に耳鳴りがした。悪いと思っていないのに謝罪する自分に胃痛がした。それでも断れたことに安堵した。一秒後に裏切られた。
よし、じゃあこの話は終わり! と絣は大声を出した。虹子の肩がびくりと強張った。
面白い話もしようか、などと前置きをして絣は話し始めた。三時間ほどの立ち話の末、絣は虹子を抱いた。
不快な汗の臭いとざらついた肌に吐き気がした。突き放す感触は忘れようもなかった。
やっぱり変わりません。俺はずっと好きです。俺と付き合って下さい。
スポーツ刈りだった髪はだいぶ伸び運動着姿からジーンズとパーカーになってい入るものの、絣の告白は一年半後もシンプルだった。虹子もシンプルに応えた。笑顔は勝手に作れていた。酸素が薄い。
とりとめない雑談をしたがった。写真を撮った。虹子の脇腹は捻じ切れそうなほど痛んでいた。
しばらく沈黙した後、絣の頑強な指が虹子の肩を掴んだ。キスというには一方的で強制的な行為だった。
去年の夏より強く突き飛ばした。吐き気すらしなかった。ただ上手く呼吸できなかった。
虹子の全力で押したのに絣はよろけただけだった。期待していなかった訳ではないが予想通りであった。
日本刀を抜く侍のように、虹子の左手が右腰にのびる。何度も練習した動きでシャープペンシルを取り出す。逆手に握った製図用のシャープペンシルは立派な兇器になる。金属の軸が灯篭の光を鈍く反する。
虹子はしくったな、と呟く。
左手は茶色に引いてもらう資格を失ったように感じた。
楠の下で待っても会いに来てくれないと思った。
それも仕方ないと思った。
歩き易いモカシンを選んだ自分をほめてあげたくなった。
ストールさえあれば完璧だった。
今更どうしようもないことを思いつつ鳥居をくぐる。
痛さも苦しさも消えていた。
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