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「カビちゃん?」
「え、ああ。」
「……嫌だったならごめん。」
スパロウホークが元々下がり気味の眉尻をさらに落としていた。乏しい手振りを補って余りある表情表現だ。しかしあいにく申し訳なさに心当たりがない。
「何が?」
「髪の話。急に黙ったから嫌な例えだったのかなってさ。」
「嫌ではないけれど、ホークがそんな風に言うのが意外で驚いたんだ。」
表情筋を動かすことを忘れていたようなので、笑みを作ってみせる。
「そう? ならいいけど。」
短髪は摘んだところで視界に入れ難い。スパロウホークの比喩を反芻しようとして、自分が蜂蜜をよく思い出せないことに気付いた。
「いや、ハチミツはどんな色だったかと。」
「カビちゃんの髪みてえな色。」
「その説明は意味を為さないな。」
なんとか目視できないかと頭を振ってみる。ふふ、と置くように笑う声がした。
「しかしなんだ。」
「何?」
「ハチミツの色を思い出せないまま死ぬんだな。」
「そうだね。」
スパロウホークは骨太だが小柄だから、屈むとだいぶ距離ができる。眼下でもぞもぞと動く黒い後頭部は別の生き物じみてどこかおかしかった。
「できた。じゃあ、いつでもいいよ。」
すっ、と立つ。縄の片端に輪が完成している。不動明王という神がいるらしい、と昔呼んだ本の記憶が呼び起こされた。スパロウホークの姿勢の良さは無意識だという。このジェスチュアの少ない、基本的に穏やかな男と最期を過ごすことに決めたのは、そういう気持ちよさが理由の一つだった。
「ホーク」
「ん、何?」
器用に結び目を整えた手が、ロープの反対端を枝に括る。
「俺を呼んでみてくれないか。」
カビちゃん、と柔らかなトーンが響く。黙ったまま見つめ返すと、黒い目が躊躇いがちに伏せられた。ストレートの短い睫毛が影を作る。
「……カ、キャビィラー、カブイラーレ?」
「うん。」
「カビちゃんの名前、難しいんだよ。ごめんね。」
やっぱり慣れねえや。スパロウホークはそう苦笑するが、それでもだいぶ上達していた。
「カビちゃん、おやすみ。」
「おやすみ、なんだ。」
「いってらっしゃい?」
「おやすみでいい。」
スパロウホークがトロリと笑う。甘く焼け付くような笑顔だった。イエローベージュの頬が隆起する様を何か美しい描写で例えようとして、しかし思いつかなかった。それがキャヴィラッレの最後の思考だった。